そして遠くて近い国パラオへ 1

 外国語は全く苦手。英語も読み書きともダメなので一人で海外に行った経験がなく、そのうえ国内旅行でも個人で飛行機を利用したことがない。そうした旅行はすべてツアーか社員旅行での経験。こんな消極的な性格の人間なので佐賀県の方からパラオ行きを誘われ、合流は韓国の仁川空港で、と聞いた時には正直小さな子供が初めてのお使いに出されるときの気分。
 幸い航空券や現地での宿の手配は、何度も渡航の経験のあるその方のなじみの旅行社でしていただけることになり、自分ではパスポートの取得と旅行保険を掛けることぐらいで済みました。体力に自信がないので荷物はできるだけ少なくコンパクトを心がけ、機内持ち込みサイズのキャリーケースを購入。博物館に寄贈する写真、昔のコロールの地図と現在の衛星写真のプリントなど、旅の目的に必要な資料類。5泊6日になるので必要最小限の着替え類など。せっかく南の島に行くなら南十字星も見たい撮りたいということで、コンパクトなトラベル三脚を新たに購入。
 海外旅行の経験豊富な人から見れば笑ってしまうような些細なことまで、これは空港で機内持ち込みをとがめられないか、それはダメかもと迷ってはネット検索で調べ、持っていくものの取捨選択をしているうちに日が過ぎ、年が明けてしまいました。一方で戦前と現在のパラオについての情報も、抜かりなく本やネットで調べておきます。

 1月5日。空港での出国諸手続きに手間取って飛行機に乗り遅れるようなことがあっては大変と、フライト予定時刻より相当早めに関空に向けて家を出発。今回旅行に誘っていただいた佐賀県の方とは仁川空港で落ち合うことになっているので、そこまでは何としても自力で到着しなくてはならないと、ある種悲壮な覚悟でしたが、案ずるより産むがやすし。何事もなくスムーズに手続きを終え、飛行機の出発まで退屈な数時間を過ごすことになってしまいました。
 乗る予定の飛行機の到着が遅れ、出発も予定より20分ほど遅れましたが、仁川での乗り継ぎにも十分時間があるので焦ることなくフライトを楽しむことに。思えば社員旅行で沖縄に行って以来10年ぶりに飛行機への搭乗です。
 一昨年の夏ごろまでは日本パラオ間にも定期便があったそうですが現在はなく、韓国の航空会社を利用して仁川経由、台湾の航空会社を利用して台北経由、アメリカの航空会社を利用してグアム経由の3択になり、今回は全行程アシアナ航空を利用します。機内アナウンスは基本韓国語ですが、仁川までは日本航路なので日本語でのアナウンスもありこれも安心。でも座席周囲は韓国語が飛び交っています。
 2時間の飛行ののち無事に仁川空港に到着。長い通路をひたすらキャリーを引きながら乗り継ぎカウンターを目指します。幸い同じターミナル内の移動で済んだのですが、それにしても東アジアのハブ空港というだけあって広い。途中、乗り継ぎセキュリティチェックの関門も無事クリア。予定では福岡空港からの便はもう到着しているはず。待合わせの乗り継ぎカウンターに急ぎますが、まだそれらしい人物は見当たりません。
 しばらく椅子に掛けて待っていると、メールのやり取りから写真で見知ったTさんが到着。Tさんの友人のYさん、佐賀大学の学生M君もご一緒。Tさんは佐賀県庁で公務員をされた後、パラオやスリランカを支援する国際交流NPOを立ち上げたという、行動力抜群の女性。Yさんは70代の女性ながら好奇心旺盛で中年過ぎて英語を習得されたとのこと。M君もTさんの知り合いで、今回パラオで3か月間研修する目的で、急遽ホームステイ先のオランダからいったん帰国しての同行とのこと。このM君が今回の旅で通訳を買って出てくれ大いに助けられました。
 パラオ行きの搭乗手続きまで十分時間があるので、遅い夕食を取ることにし食事をしながらしばし歓談。とてもついさっき知り合ったばかりとは思えない気さくさで話が弾み、心の片隅に残っていた今回の旅への一抹の不安も消え去っていました。